越後須原駅

昭和40年前半の只見線「越後須原駅前通り」

この駅舎は昭和17年に建てられ

51年12月に改築されたそうです

Suharaeki

ってことは、我ら同級生が卒業した冬ということですね

ってことは、その年末に帰省したときに

たまげたということですか…

それより何より小生産まれてコノカタ

須原駅に降り立ったのは生涯一度だけ

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広瀬と藪神

ざっくり言えば

広瀬村と藪神村が合併して

広神村が誕生したのですね

昭和30年3月に

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それよりも十数年後…

藪神中学校校舎焼失により

中学校も統合され「広神中学校」が発足したとのこと

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高校時代、広神の人達と知り合いになり

はじめて知った「藪神VS広瀬」のビミョーな空気

町村合併、会社合併…やはり難しいもんでしょうね

一枚目は旧藪神中学校

二枚目は旧広瀬中学校

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小出小学校

何気ないスナップですが

一枚目の中央でなわとびを回しているのが

かのM川酒造の社長

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二枚目のカメラ目線の坊やが弥三郎和尚さま

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こういうことがあるから「やめられまへんなぁ」

小出小学校はS53年3月の卒業式後に

移転新築した今の校舎に移りました

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昭和39年堀之内小学校

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堀之内小学校で中学生が

何かの大会の開会式を行っている写真です

昭和39年と言えば筆者が入学した年

そして新潟大震災があった年でもありますね

この校舎もS45年に根小屋小、田戸小との統合を機に

今の鉄筋コンクリートの小学校に産まれ変わりました

小学校も中学校もさらに高校も新校舎には入れなかった…

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新潟博

以前に一度書いた「新潟博覧会」

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昭和42年7月8日に常陸宮殿下ご夫妻を

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お招きして開幕した…とあります

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写真は父が修学旅行で行った時のものと思われます

どこの学校か記載がないのでわかりませんが

小学校高学年でしょうね…雰囲気からして

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只見線全線開通

友人から提供して頂いた

昭和46年「只見線全線開通」式典の様子です

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只見線の歴史を紐解けば

http://ja.wikipedia.org/wiki/只見線

豪雪期唯一の交通手段だとか

「紅葉の美しい鉄道路線ベストテン」の第一位だとか

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「雪景色のきれいなローカル線ベストテン」の第三位だとか

なかなか評価の高い郷土のローカル線です

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しかし自分的には「未来に残したい昭和のローカル線」

栄えある第一位でしょうか

一枚目の中央におわすはかの「田中角栄」先生ですね

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酒の泉屋

昭和48年2月

堀之内駅前の「酒の泉屋さん」前でのショット

Izumiya

堀之内にいた頃の母は

「社交的」というか「活動的」というか

「活発」というか「積極的」な女性でした…と思います

看護婦さんという仕事柄、町で知らない人は「いない!」

くらい有名人でした…たぶん

その広い交友関係の中でも

「泉屋」さんは大の仲良しだったようです

「長者盛」「越の誉」の看板は今でもあるのでしょうか

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農家の暮らし(4)

季節外れですみません

「稲刈り」後の「はざかけ」ですね

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当時は田っぽの至る所に

何の木なんでしょうか…

細めの木が植わっていて

刈り取った稲を天日干ししていましたね

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機械化が進んだ現在は

こういう秋の風景は見られないのでせうか

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それにしてもこの「ほっかむりの父ちゃん」の勇姿も

今じゃレッドブックに載る絶滅危惧種なのでしょうか…

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下宿

北魚沼堀之内から上京したのが昭和51年

当初は大学の寮に寄宿しておりましたが

昭和53年から55年までは東京都下新小金井

写真の木造アパート?下宿?に

友人と共同生活的に寝起きしておりました

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一階は親子4名さまがお住みになっており

二階は勝手付きトイレ共同四畳半二間電話も共同

家賃は一万四千円?くらいだったと思います

このブログの読者で訪ねて来た方も…いるかな?

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農家の暮らし(3)

今年は雪が少なく田植えも

早めに始まるのでしょうか?

昭和40年代の田っぽの春の様子です

まずは「肥引き」

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雪の上を橇を引きながら堆肥を運びます

「撒土消雪」

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そりで土を運んで雪消しに役立てます

すべて手作業の重労働ですね

「しろかき」

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雪が消えるといよいよ田植えの準備です

昭和40年代はまだまだ家畜が主戦力です

そして「田植え」

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当時は6月中旬まで行っていたようです

弥三郎くん大活躍です

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